女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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花器ですか?土器ですか?

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ウチの玄関を入ると正面に飾ってあるのですが、皆様 「花器ですか?土器ですか?」と聞かれる方がたくさん、いらっしゃいます。

花器ですよ

が、一度も 花を活けたことは、ありませぬ。

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ウエーブを描いたフォルムがなんとも、弥生時代を彷彿させるような、謎めいたデザインをしています。

そこに惚れて、即買い しましたね。

インテリアショップで・・・

多分 数万円だったような・・・

これで、会話がはずんだお客様もいらっしゃったので、数万円は取り返しましたよ!!

それにしても いいねぇ・・・

そこ謎めいた カタチ




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zzz
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by asaasa-archi | 2012-10-31 23:35 | 生活

終の信託 を観た。

久々に見ごたえのある映画だった。

女医と喘息患者の闘病と死に対する前向きな姿勢と葛藤を掘り下げた、真摯な出来になっていた。

2時間半もある長い映画だったが、ふたりの心の動きを克明に描き、地味ながらも、尊厳死問題を提起していた。

医師という大変な職業に従事する40代半ばの女性の孤独をからめあわせ、女の生き方にも触れながら、病気に立ち向かう日常を粛々と綴っている真面目さに好感が持てた。

高い学歴で手に入れた最高の職業は、高い賃金と引き換えに人の死を常に間近に見ながら精神をすり減らすことを余儀なくされる。

結婚出産という女性として最も憧れるものを捨て、一生を医療にささげる選択をした彼女の一途な心が、重篤な患者の人工呼吸器をはずすという行為におよんでしまう。

長い間のその患者との親交と、彼の家族への配慮が行き過ぎたかもしれない行為へと発展するのだ。

尊厳死か否か を観客に問う映画なのだ。

彼女の心に焦点をあわせ描かれているので、十分な同情を寄せる気持ちにはなるが、はたして人の死の時期を神以外が決めていいのか という疑問も抱く。

キリスト教では、本人さえも死の時期を決めてはいけないとされているくらいであるから、一介の医師にその権限はないのではないだろうか。

他人事であるので、こうも冷静な意見を言うことができるが、はたしてこの患者が自分の愛する父や母だったらどうなのか と考えるとき、死の間際に苦しむ父母を一刻も早くその苦しみから解放したいと、望むのであろうか・・・

わからない。

観た後に、こうもグルグルと思考を繰り広げる映画は、本当に久しぶりだ。


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zzz
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by asaasa-archi | 2012-10-30 14:51 | 映画・TV

呼び方って難しい。

ワタシの大学時代の友人は、結婚したての頃から配偶者のことを「夫」と呼んでいた。

もう30年近く前のことなので、そのころは配偶者のことを「夫」と呼ぶ女性は珍しく、人前で呼ぶ際は、たいがいは「主人」と呼んでいた時代だ。

だからワタシも、珍しい呼び方をするなぁなんて思っていたのだが、彼女なりの思いがあったようで、私はダンナの召使じゃぁないからね と言っていたような気がした。

もちろん夫は主人だが、妻は召使 などと思っていた人などはいないのだが、先進的な考え方を持っていた彼女は確固たる意思があったのだった。

ワタシは仕事柄、様々なご夫婦と出会う。

上品な奥様が多いので、彼女たちはワタシの前では配偶者のことを「主人」と古典的に呼ぶが、それは多分、そう呼んだほうが作法とか礼儀として、順当だと認識しているからだと思う。
友達同士であれば、そうかしこまった呼び方はしないであろう。

それは女性のたしなみとしては、なんら間違ってはいない。

ただ、男性は、配偶者の呼び方が、様々なのである。

最近は、奥様のことを「嫁」と呼ぶ男性が多い。

妻 などと呼ぶのは気恥ずかしい という意味あいもあるのだろう。
そこは、なんとなくわかる気もする。

mysonにいたっても、なんかの会話で「オレ、結婚しても、嫁に給料を全部渡す気はないから」とか言ったことがあった。
その内容も 「えっ!」と驚いたのだが、それ以上に将来の奥さんのことを、ずーずーしくも「嫁」と呼んだことに驚いた。

嫁じゃなくて、妻でしょ!と心の中で思ったが、そこの議論をするのもばかばかしいのでやめた。

舅や姑だったら、対外的には、娘と呼ぶわけにはいかないから嫁と呼ぶしかないのはわかるが、愛するおくさんを「嫁」呼ばわりするのは、やっぱり 変 だ。

一番好感が持てたご夫婦は、奥様はダンナの名前に「さん付け」 ご主人は奥様の名前を呼び捨て にしていた若いご夫婦だった。

50歳以上のおばさんには、これが一番好感度がある と思う。
古典的だからね。

ダブルインカムの素敵なご夫婦は、奥様はご主人のことを「ダンナ」 ご主人は奥様のことを「嫁」と呼んでいた。

奥様はご主人こことを「主人」と呼び、ご主人は奥様のことを やはり「嫁」と呼んでいたご夫婦もいた。

別に どうでもよいことで、多分親しい友達やら、二人だけになれば、違った呼び方をしてることは間違いないからだ。

昔は呼び方にもこだわりを持たなければ自分の意志を伝えられなかったが、今では、夫婦の力関係も同じくらいだから、こだわった呼び方も意味は持たない。

でも、30年も前に、ダンナのことを「夫」と呼んでいた友人のことは、尊敬する。

夫婦は違う任務を担っているが、同等だ。

ワタシには忘れられない言葉がある。

「稼いだのは彼ですが、貯めたのは私です」と言ったお客様の奥様がいた。

大学を卒業と同時に結婚したご夫婦が10年以上経って、やっと土地と家を取得されようとした時にワタシと出会ったのだが、専業主婦の彼女は、夫にだまって1000万円以上貯めていた。

感動した言葉だった。

それこそが妻の鏡!

彼女もご主人のことは「主人」ではなく「夫」と呼んでいた。
やはり20年も前に・・・



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zzz
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by asaasa-archi | 2012-10-30 00:56 | 思うこと

ツナグ を観た。

松阪桃李クン がんばったねー

あの若さでどうどうと、主役を演じきったって感じですね。

憂いを含んだ優しい笑顔は天性のもの。
落ち着いた演技。
難しい役を難なくこなした。

大ベテランの樹木きりんと対峙しても、なんら劣ることがないように思った。

ストーリーはオムニバス3話形式になっていて、亡くなった愛する人にたった1晩だけ会うことができるという設定だ。

1話目が50代の息子が母に会うという話
ぼくとつな息子と優しい母 の会話で、正統的に泣ける感じなぁ

2話目は桃李くんの高校の同級生の女子同士の話
途中10分くらい 寝ちゃったくらい、間延びしたかな

3話目が恋人同士の話
失踪したと思っていた恋人が実は亡くなっていて、切ない再会をはたす

どれも、目新しいものはなく、ありきたりの話で、さほど感動はない。
ストーリーに工夫がほしかった。

65点ってところでしょうか。


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zzz
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by asaasa-archi | 2012-10-27 22:36 | 映画・TV

コスタボダの花器を紹介します

ワタシが好きなもののひとつにコスタボダのガラス製品があります。

スウェーデン発で歴史はそうとう古い工房です。

安価なものから、すごく高級品まで、様々なデザイナー製品があります(^。^;)

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反対側は絵柄が違います。

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これは、御殿場アウトレットで2.3万円程度で購入しました。

グラスやお皿は割ってしまうともったいないし、かといって使わないものヤダし、だから、ワタシはせこせこなので、いつもガラス製品は花器にすることが多いですね。


素敵な作品があるので、贈り物にも最適です。





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ZZZ
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by asaasa-archi | 2012-10-21 23:50 | 生活

DVD ツレがうつになりまして を観た。

もっとコミカルに軽く描いているのかと思ってみたら、とってもていねいに繊細な出来だった。

うつになった子供のいない夫婦の夫と、それを見守る妻の日常がテーマだ。

堺雅人と宮崎あおいのコンビは、この夫婦のキャラクターにぴったりあって、現実の生活を、どこか別の場所からのぞき見ているような錯覚に陥るほど、素晴らしい出来だ。

所沢の古臭いような昭和な家が舞台だが、そのお部屋のインテリアは、必見だ。
古い家はこういうふうにすれば、今風のレトロ感がでるんですよ といわんばかりの見せ場だと思った。

畳には、冬はアースカラーの上等な絨毯、夏はイグサのカーペット
所狭しとある本棚
レトロ感覚たっぷりの建具(これは本当に高価なものだろう)
映画やTVの撮影ででてくる部屋は、なにげなくおいてあるものでも、すべて吟味されて置いてあるものばかりなので、ものすごく高価なものが、ちょこんとおいてあったりする。

実はここが大切なところで、高価なものをなにげなく置く というのが、インテリアの薬味に匹敵するのだ。

話がそれたが、ワタシはがんばる という言葉が好きで、自分でもよくつかったりしていたが、これは健康な人にのみ通用する言葉で、心や身体を病んだ人には、禁句なんだね。

今まで、心身ともに健常だったので、わからなかったが、この映画をみて始めて気がついた。

病んだ人には がんばらなくていいよ といい 健常になったら がんばれ というということなのだろう。

それにしても、堺雅人も宮崎あおいも 上手だ。
つかず離れずの新婚夫婦の空気というか、雰囲気というか、そういう微妙さがつたわってくる。

子供のいない新婚夫婦なんて、ともすれば おままごとみたいな生活なんだが、そこに 夫のうつ病が発覚し、夫婦のあり方を見つめなおすことができるのだ。

うらやましくなるほどの夫婦だ。

ちょっぴり いじけちゃいました ね。



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ZZZ
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by asaasa-archi | 2012-10-20 20:41 | 映画・TV

結婚の条件 vol.2

ワタシの学生時代の友達に、医師以外とは結婚しない。 と言い切って言葉通り医師と結婚した友人がふたりもいる。

ふたりともスタイルもよく、そうとうの美形で、大学も有名私大をでていた。

そしてなによりも、性格が温和で誰とでも話をあわせられるような、卒のない、感じの良いお嬢さんだった。
育った家庭環境も、中の上クラスの普通の家庭で、とくにお金に困って育ったというようなふうでもない。

だから、結婚に関してそういう一途な理想を抱いているとは思いもよらなかった。

察するに、彼女たちは、みっつの大きな自信があった。

ひとつめは、その容姿である。
美人であれば学生時代から、男子にちやほやされて過ごすので、自分がいかに美人かはいくらのんびり屋さんでも気づく。
医師のような最高級のランクでも、十分お見合いの話はくるとわかっているのだ。

十人並みの容姿では、さすがに医師と結婚したい などとおおっぴらに言えば笑われるのが関の山だが、彼女たちクラスでは、誰もが まぁ美人さんだからね とやりすごしてくれる。

持って生まれたものなので、うらやましい限りである。

ふたつめの自信は、その温和な性格だ。

モテモテなので、自分から自己主張しなくても相手が察してやってくれるので、性格はおとなしく上品に育つ。
ただ、微笑んでいれば周りの男子はこぞって、恋の奴隷になってくれるのだ。
ここで、驕り高ぶらないのが、大事で、少しでも驕り高ぶった態度を示せば、評判はがた落ちとなるが、賢い彼女たちは、絶対にそうはならないのだ。
誰とでも上手に会話をすることができる。

みっつめは、頭が賢いということだ。

夫が医師 という理想を掲げれば、手放さなければいけない理想もある。
わがままは言わない。
家庭的で良妻賢母になる。
夫の両親とも上手に付き合う。
自分の仕事はあきらめ、内助の功に徹する。

失うものもあるであろうが、賢い彼女たちは、自分の理想の序列が ぶれない ので、悩むことはない。

だから、今でも彼女たちは、上手に家庭生活を送っている。
不平不満は言わないし、いつも微笑んでいる。

ワタシは彼女達をみていたので、医師とお見合い結婚するには、限られた人種の女性以外は無理だと思った。

もちろん、ワタシは性格がわがままだったし、仕事を優先させたかったし、美人でもなかったから、そういう理想は一度たりとも持つことはなかったが・・・

普通のひとは、職業で生涯の伴侶を選ぶなんて陳腐だ と思うが、漫画とかTVにでてくるような単純な話だと思うが、現実には存在する話だ。

そうしてみると、結婚の条件なんて、いろいろあるんだなぁ・・と思ってしまう。


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by asaasa-archi | 2012-10-19 23:51 | 思うこと

結婚の条件

今日TVを観ていたら、主演の菅野美穂が「結婚の条件ってなんだろう」という台詞がでてきた。

そもそも結婚に条件があるのかどうか は 人それぞれの感じ方だから、それは一言では言えないし、かりにあったとしてもその条件もそれぞれなのだろう。

社会制度という一面からみると、結婚という制度は、男女が子供を育てる環境を整える という意味は大きい。

一夫一婦制の結婚制度がなかったら、平安時代の男性の通い婚のようになり、女性は何人も子供を産むが、全部違う男性の子供ということにもなるし、家系も当然のごとく女系になる。

武士の世になり、嫁取り婚が確立され、家系が男系になり、結婚という制度が確立したのだろう。

こんな昔の話はどうでもいいのだが、つまりは、女性が経済的なことを心配することなく子供を産み育てる環境をつくるには、結婚は最高の制度なのである。
女性のために、近世では、結婚の法整備がなされてきたように思う。

妊娠出産したばかりの女性と乳飲み子が、男性から、別に好きな人ができたから、さよならね と言われたら食べていけないからだ。
そんな女性と乳飲み子が社会にあふれたら、国は崩壊してしまう。

簡単にさよならね と言えないために、永久誓いをしたり、互いの家族や友達に披露したり、戸籍を共にして、妻と子供の扶養義務を男性に負わせる という意味がある。

かといって、子供のない夫婦が結婚する必要がなかったのかといえば、そうではない。

あくまでも社会制度上、結婚とは子供を育てるためにある という意味である。
国を秩序あるものにするための制度 という意味である。

結婚の条件 の話に戻ろう

恋愛から結婚に発展するのであれば、恋愛の条件はあるが、結婚の条件はないであろう。
だって、好きでたまらないから一緒にいたい とか 価値観が合う とか これは恋愛中に推し量れるからである。

が、お見合い結婚であれば、条件は必ずある。

性格が合えば誰でもいい という人はなかなかいないし、仲介にはいるひとも、互いの環境や、学歴が同じような人を探してくるから、自然に条件的なものは存在する。

お見合いであれば、男性初婚、女性再婚子持ち を紹介するというのは珍しいし、女性が男性よりもすごく年上ということも少ないだろう。
また、男性もほうが女性よりも年収が少ない という例も少ないだろう。

常識的な範囲で仲介するひとも探してくるからだ。

そういう整った条件を確認してから、会うのであれば、恋愛感情がにわかに沸く ことはない。
だって、つまらない。

人を好きになるってことは「心が大きく動く」 ということで、さぁさぁ、条件は整っているよ。どうよ!どうよ!なんて周りから言われたら、感動なんてそこには存在しない。

心が動く という場面は、常に突然やってくるし、そこにはどんな人なんだろう とか 私のことどう思っているんだろう とか 多くの謎がなければならないし、競争相手なんかがいたら、益々心は揺れ動く。
ましてや、親が反対なんかしたら、もう、めらめらと恋の炎は燃え盛る。

これが、恋愛の第一歩なのだ。

ここを省略するお見合いは 最初から燃えなくて当然だ。

ただ、前述したとおり、女性は子を産み育てるという本能があるから、それを安心してクリアできる条件の結婚であれば、お見合い結婚から発展して恋愛し結婚するという道筋だって、ありだ。

否定しないし、現にワタシもそう考えていた。
恋愛と結婚は別 なんてね。

今だから言えるが、大事なことは、どういふうに結婚したかではなく、どういうふうに結婚を維持していくかである。

維持できなかったワタシは言う資格さえないが、今は切にそう思う。

だから、もし結婚に条件があるとするならば、その人が結婚を維持していくのに、これだけは譲れないというものが、それに値するのではないだろうか。
長い年月共に暮らすのであるから、本能的な部分が大きく関与する。

たとえばこういう顔だけは、きらい とかのしごく単純なものであるのかもしれない。



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by asaasa-archi | 2012-10-19 01:00 | 思うこと

牛肉もらった!

本日は、おつきあいのある業者さんの展示会にいって、牛肉500gを3パックもいただきました。

高いお肉ではもちろんありませぬ。

冷凍の外国産のですよ。

おー最近は夕食はワタミの宅食で500円&500calなので、どーしましょうかねぇ・・

牛肉のしぐれ煮でも作っちゃいましょうかねー

アルバイトの奥様が本日来てくれましたので、1パックあげましたよー

2パックあげればよかったですかねー

なにせ、彼女んとこは子沢山ですから・・

そういうところが、ワタシってちょこっとケチかもね・・・

ごめんね





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by asaasa-archi | 2012-10-15 23:57 | 生活

食べ物のお話

例えば、イロイロな国を旅行して、その地の美味しい食べ物を何日かいただいたとしても、やはり限度がある。

生まれ育った食生活というのは、変えがたいものなのだ。

ワタシは2週間くらいであれば、欧米の料理ばかりでも大丈夫だが、それ以上となると、やはり白米やら味噌汁やら漬物が恋しくなる。

ソウルには何回も旅しているが、あの酸っぱくて辛いキムチは少々無理があるし、ヨーロッパのバターたっぷりの料理やら、中国のなんいでもいれちゃうごま油も、毎食だと、おなかをこわしたりする。

そういう点では、外国の方と国際結婚されている方はいったいどうしているのだろうと思う。

都市部であれば、高価でも日本食は手に入るだろうが、TVで秘境に嫁いだ日本人妻の番組を観ていると、まずそれが不思議なのだ。

いくら外国人の夫を愛していても、永遠に現地食ならば、気が狂うだろうし、にごった水を飲むことはできないし、ましてや、手で料理を食べる風習などは、真似できない。

ジャカルタに住んでいるママ友とスカイプでチャットしたが、日本の3倍もする高価は日本食はなくてはならないものらしい。

ワタシは想像していなかったが、ジャカルタは外務省の危険地域に指定されているらしく、街をひとりでブラブラすることなど、厳禁で、どこに行くにもタクシーかマイカーでドアtoドアが原則だそうだ。

だから、たまに赴任妻あつまりで、評判のお店にランチにはいくけれども、とても海外生活を満喫しているというわけではないようだ。

一人旅しようと思っていたが、やめようかと思った。

日本は世界でも有数のすぐれた食文化と安全があるのだ。

白米の炊き方ひとつとっても、すごくこだわるし、だしの微妙な案配にも気を使う繊細さがある。

誇れる文化だ。

ワタシは朝必ず食べる目玉焼きは、すごくこだわっている。
強火でプライパンを暖め、油を敷き、卵を投入したとたんに、弱火にして、表面がうっすら白くなりだしたらすぐに火を止め若干蒸らすのだ。

そうすれば、ほどよい半熟になり、黄身に箸をいれた瞬間に、ぬるっとした黄身がこぼれだす というのが好きなのだ。

ホテルの朝食なんかで、無神経に固くなった黄身であったりすると、ちょっとがっかりする。

スクランブルエッグもそうだ
表面は固まっているが、中はぬるっとした感じに火が通っていると、すごくうれしい。

日本人なら誰でもがもつ感覚だ。

あーこういう瞬間は日本人でよかった。

イギリス人でなくてよかった。
アメリカ人でなくてよかった。




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by asaasa-archi | 2012-10-15 00:55 | 生活