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女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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2012年 10月 19日 ( 2 )

結婚の条件 vol.2

ワタシの学生時代の友達に、医師以外とは結婚しない。 と言い切って言葉通り医師と結婚した友人がふたりもいる。

ふたりともスタイルもよく、そうとうの美形で、大学も有名私大をでていた。

そしてなによりも、性格が温和で誰とでも話をあわせられるような、卒のない、感じの良いお嬢さんだった。
育った家庭環境も、中の上クラスの普通の家庭で、とくにお金に困って育ったというようなふうでもない。

だから、結婚に関してそういう一途な理想を抱いているとは思いもよらなかった。

察するに、彼女たちは、みっつの大きな自信があった。

ひとつめは、その容姿である。
美人であれば学生時代から、男子にちやほやされて過ごすので、自分がいかに美人かはいくらのんびり屋さんでも気づく。
医師のような最高級のランクでも、十分お見合いの話はくるとわかっているのだ。

十人並みの容姿では、さすがに医師と結婚したい などとおおっぴらに言えば笑われるのが関の山だが、彼女たちクラスでは、誰もが まぁ美人さんだからね とやりすごしてくれる。

持って生まれたものなので、うらやましい限りである。

ふたつめの自信は、その温和な性格だ。

モテモテなので、自分から自己主張しなくても相手が察してやってくれるので、性格はおとなしく上品に育つ。
ただ、微笑んでいれば周りの男子はこぞって、恋の奴隷になってくれるのだ。
ここで、驕り高ぶらないのが、大事で、少しでも驕り高ぶった態度を示せば、評判はがた落ちとなるが、賢い彼女たちは、絶対にそうはならないのだ。
誰とでも上手に会話をすることができる。

みっつめは、頭が賢いということだ。

夫が医師 という理想を掲げれば、手放さなければいけない理想もある。
わがままは言わない。
家庭的で良妻賢母になる。
夫の両親とも上手に付き合う。
自分の仕事はあきらめ、内助の功に徹する。

失うものもあるであろうが、賢い彼女たちは、自分の理想の序列が ぶれない ので、悩むことはない。

だから、今でも彼女たちは、上手に家庭生活を送っている。
不平不満は言わないし、いつも微笑んでいる。

ワタシは彼女達をみていたので、医師とお見合い結婚するには、限られた人種の女性以外は無理だと思った。

もちろん、ワタシは性格がわがままだったし、仕事を優先させたかったし、美人でもなかったから、そういう理想は一度たりとも持つことはなかったが・・・

普通のひとは、職業で生涯の伴侶を選ぶなんて陳腐だ と思うが、漫画とかTVにでてくるような単純な話だと思うが、現実には存在する話だ。

そうしてみると、結婚の条件なんて、いろいろあるんだなぁ・・と思ってしまう。


ホームページをご覧ください。

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zzz
by asaasa-archi | 2012-10-19 23:51 | 思うこと

結婚の条件

今日TVを観ていたら、主演の菅野美穂が「結婚の条件ってなんだろう」という台詞がでてきた。

そもそも結婚に条件があるのかどうか は 人それぞれの感じ方だから、それは一言では言えないし、かりにあったとしてもその条件もそれぞれなのだろう。

社会制度という一面からみると、結婚という制度は、男女が子供を育てる環境を整える という意味は大きい。

一夫一婦制の結婚制度がなかったら、平安時代の男性の通い婚のようになり、女性は何人も子供を産むが、全部違う男性の子供ということにもなるし、家系も当然のごとく女系になる。

武士の世になり、嫁取り婚が確立され、家系が男系になり、結婚という制度が確立したのだろう。

こんな昔の話はどうでもいいのだが、つまりは、女性が経済的なことを心配することなく子供を産み育てる環境をつくるには、結婚は最高の制度なのである。
女性のために、近世では、結婚の法整備がなされてきたように思う。

妊娠出産したばかりの女性と乳飲み子が、男性から、別に好きな人ができたから、さよならね と言われたら食べていけないからだ。
そんな女性と乳飲み子が社会にあふれたら、国は崩壊してしまう。

簡単にさよならね と言えないために、永久誓いをしたり、互いの家族や友達に披露したり、戸籍を共にして、妻と子供の扶養義務を男性に負わせる という意味がある。

かといって、子供のない夫婦が結婚する必要がなかったのかといえば、そうではない。

あくまでも社会制度上、結婚とは子供を育てるためにある という意味である。
国を秩序あるものにするための制度 という意味である。

結婚の条件 の話に戻ろう

恋愛から結婚に発展するのであれば、恋愛の条件はあるが、結婚の条件はないであろう。
だって、好きでたまらないから一緒にいたい とか 価値観が合う とか これは恋愛中に推し量れるからである。

が、お見合い結婚であれば、条件は必ずある。

性格が合えば誰でもいい という人はなかなかいないし、仲介にはいるひとも、互いの環境や、学歴が同じような人を探してくるから、自然に条件的なものは存在する。

お見合いであれば、男性初婚、女性再婚子持ち を紹介するというのは珍しいし、女性が男性よりもすごく年上ということも少ないだろう。
また、男性もほうが女性よりも年収が少ない という例も少ないだろう。

常識的な範囲で仲介するひとも探してくるからだ。

そういう整った条件を確認してから、会うのであれば、恋愛感情がにわかに沸く ことはない。
だって、つまらない。

人を好きになるってことは「心が大きく動く」 ということで、さぁさぁ、条件は整っているよ。どうよ!どうよ!なんて周りから言われたら、感動なんてそこには存在しない。

心が動く という場面は、常に突然やってくるし、そこにはどんな人なんだろう とか 私のことどう思っているんだろう とか 多くの謎がなければならないし、競争相手なんかがいたら、益々心は揺れ動く。
ましてや、親が反対なんかしたら、もう、めらめらと恋の炎は燃え盛る。

これが、恋愛の第一歩なのだ。

ここを省略するお見合いは 最初から燃えなくて当然だ。

ただ、前述したとおり、女性は子を産み育てるという本能があるから、それを安心してクリアできる条件の結婚であれば、お見合い結婚から発展して恋愛し結婚するという道筋だって、ありだ。

否定しないし、現にワタシもそう考えていた。
恋愛と結婚は別 なんてね。

今だから言えるが、大事なことは、どういふうに結婚したかではなく、どういうふうに結婚を維持していくかである。

維持できなかったワタシは言う資格さえないが、今は切にそう思う。

だから、もし結婚に条件があるとするならば、その人が結婚を維持していくのに、これだけは譲れないというものが、それに値するのではないだろうか。
長い年月共に暮らすのであるから、本能的な部分が大きく関与する。

たとえばこういう顔だけは、きらい とかのしごく単純なものであるのかもしれない。



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zzz
by asaasa-archi | 2012-10-19 01:00 | 思うこと