英語の話だが、なんで中学1年生の教科書はあんなに変なのだろーといつも思う。
「これはペンですか?」
「いえ違います。」
「あれは、エンピツですか?」
「はい、そうです。」
おい!ペンか、エンピツか聞かなくても見てわかるだろー
例文がホント、マヌケなのである。
でてくる登場人物の名前もジョンとメアリーだし、日本人も太郎と花子だ。
いろんな名前があるだろーし、今時、花子さんっているか?えっ!
USAやUKで実際に小学生読んでいるような絵本とか、簡単な童話などを教科書になぜできないのかといつも思う。
シェークスピアでも読まない限り、現在完了などは使われないし、仮定法もしかりである。
明治維新でもあるまいし、もっと英語教育を近代化できないのかと思ってしまう。
英単語だって、単語だけ覚えても実はあまり意味がない。
文章全体で覚えなければならない。
これは日本語を考えればよくわかることで、同じ漢字だって、前後の文章で違うことはよくあるからだ。
日本人の英語力を落としているのは文部科学省の責任もある。
なぜこんな話になったかというと、今日は
センター試験初日だった。
そして、二年前のmysonのことを思い出した。
二階の勉強部屋から食事に降りてくるときには、ブツブツ呪文のように英単語を唱え、寝不足で真っ赤になった目をギョロつかせ、オープンキャンパスに行った横浜国大と青山学院大の話ばかりを繰り返しするmysonが、カワイソウで仕方なかった。
二年も経っているのに、もうちょっぴり英語ができていたら、受かっていたのではないかと思ってしまう親バカっぷりが、悲しい・・・