女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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風が強く吹いている を観た

若者が走る姿はなんて美しいのだろうか・・・

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あるときは紅葉の山を走り、あるときは朝もやのアスファルトを走り、あるときは夏の夜の高原を走る。

箱根駅伝は長距離選手にとって、最高のあこがれだ。
努力と感動の歴史が幾重にもかさなりあっている栄光の舞台である。

無名のものたち10人が箱根駅伝を目指し、予選会を通過し、本選に挑む物語だ。
作中で主人公のハイジが「短距離は才能の比重が大きいが、長距離は才能と努力の天秤で努力が重いスポーツだ。」と言っていた。

10人それぞれの個性も十分に表現されていたし、カケルやハイジたちの友情も細かく描写されていた。
「平遣都くん」の走りは本物の長距離選手さながらだ。
「小出恵介くん」ってあんなにカッコよかったんだ~

やたらにイケメンを揃えないところが、とってもリアルで、昔の貧乏学生っぽいところも共感できた。

予選会や本選のようすも本物さながらでびっくりした。

ていねいにつくってある。

本選のそれぞれ10人の走りをもう少し細かく撮ってほしかったが、2時間弱ではムリだったのだろう。

さわやかに感動した。

息子も今日、甲南大学とフィールドホッケーの試合に神戸に行ったが、正装の紺ブレの胸には、成城大学のエンブレムが輝き、since1929 の誇りがちょっぴり重たいであろう・・・

若者がスポーツに燃える姿は希望でまぶしく美しいものだ・・・
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by asaasa-archi | 2009-10-31 16:37 | 映画・TV

資格のお話

業界では有名な話なのだが、建築士の資格というものは「足の裏の米粒」と言われている。

その心は「取っても食べられないが、取らないと気持ち悪い。」という。

ワタシは大学卒業後すぐに二級建築士を受験したが、なんの勉強のせずに受けたので落ちた。
「ヤバっ!勉強しないと受からない!」と思い、次の年に再度チャレンジして、合格を得た。

しばらくは、「イイワ~」って感じで遊んでいたが、26歳のときにそのときに付き合っていた彼氏に、「怠惰なヤツだ」と言われ、一級建築士の試験を奮起して受けてなんと、合格した。

さすがに「もう資格はイイワ~」と思っていたが、一級建築施工管理技士が一級建築士を持っていれば一次試験が免除だと知り、受けようかと思った。

が、このときワタシは、結婚し、子供が生まれてまもなくで、しかも仕事もフルタイムでいていたので、さすがに勉強するのが、キツかった。
なぜならば、勉強時間が子供が寝て、自分が寝るまでの1.2時間しかなく、おまけに仕事と家事でクタクタで疲れていた。

書いて覚えるのが一番有効だと言われているのは、書くスピードと脳が覚えるスピードが同じだからだそうだ。
でも、疲れていたので、とても書くことなどはできず、書くスピードで教科書をゆっくり声を出して読んで覚えようとした。

でも1回目は落ちた。

でもあきらめなかった。
2回目で受かった。

もうさすがに「イイワ~」と思っていたが、ワタシはそのころヒューマンアカデミーでインテリアコーディネーターの非常勤講師をしていて、他の先生に「インテリアの講師がコーディネーターの資格がないのはどうかと思う。」と言われて、「それも一里ある」と思い、受験した。

運よく受かった。
でもほんとうにしんどかった。もう二度と資格試験はやらないと思った。

資格の勉強をするのは、歳をとればとるほど大変である。

学生ではないから、仕事もし、女性なら、家事や子育てもあるのに、そこから勉強時間を捻出するのは、本当に大変だからだ。

ワタシは講師をしていたときによく生徒にこう言っていた。
「最初ははりきって3時間勉強していても、長期戦なので、段々2時間になり、1時間になりそのうちに毎日勉強しなくなってくる場合が多いのです。
これでは、不合格へのルートになってしまいます。
だから、最初の1ヶ月は1時間、次の1ヶ月は2時間 次は3時間というふうに勉強時間を増やしていけたら、もう合格は目の前です。」

人間というものは、情け無いもので、持続することが一番しんどいことなのだ。
毎日同じサイクルで生活するのも大変なことなのだ。
なぜならば、煩悩があるからだ。


ワタシはもう資格をとることはないだろう。
これ以上いらないからだ。
というよりも、脳の老化でムリだからだ。

不条理・不平等があふれている、この世の中で唯一こういう勉強だけは、平等である。
努力したものは必ず報われるからだ。

不合格は単純に勉強不足なわけで、わかりやすい。

ユーキャンのCMのように、努力をしてみようと思っている方!
それと引き換えに得るものは、資格だけではなく、自分への自信やら自負もある。
誰でもが取れる資格だと誰も褒めてくれなかったとしても、それ以外に得たもののほうに実は価値がある。

あまり、誇れるりっぱな人生を歩んできたわけではないが、こんなブログに書き記すほどのことでもないが、努力と引き換えに手にいれたこれらの資格は、なにもないワタシの人生での数少ないトロフィーなのである。
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by asaasa-archi | 2009-10-31 00:46 | 昔の話

沈まぬ太陽を観た

なにしろ今日は水曜日でレディースディらしい。
つまり女の人であれば、千円で映画がBiBiで観れると決まっているらしい。

{沈まぬ太陽} 観たいっしょ?」
「ん~観たくないって感じじゃないけど、今は{風が強く吹いている}の方が期待大なんですけどね~」
「え~それは封切がまだじゃん!」
「そう、今週末!」
「じゃぁ、今日は{沈まぬ太陽}観ようよ~」
「え~それ、長いじゃん!」
「だから、お得感あるじゃん!それに今日は千円だし」

ってなわけで、観てきた。

正直に言うと、物語が壮大すぎて、映画で表現するのはちょいと難しいんじゃないかって思った。
すごくがんばっている感はアリアリで、それなりにいい作品ではあるが、やはり未消化になっていた。
こういう長い小説を映像で表現するには、かいつまんで+デフォルメしないと、まとまりがつかない。

主人公のイデオロギー人生をベースにおきつつ、御巣鷹山事件をメインにもってきて、なおかつJALの企業体質をも暴きださなければならず、どう考えても3時間半ではムリだろ~

だから、焦点がいまいち定まらず、感動がおこってこない。
ひとつひとつ丁寧につくってあるし、役者の顔ぶれもすごいから、千円であれば十分楽しめたのではあるが、

一言で映画の感想を述べよと言われると、印象に残っているものが少なく、社内の権力闘争が壮絶という感じだろうか・・・

山崎豊子の小説はTVの連続ドラマのほうがあっているのではないだろうか・・・
「不毛地帯」のように・・・

やっぱりワタシは「風が強く吹いている」を早く観たいかなぁ・・・ 
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by asaasa-archi | 2009-10-28 23:27 | 映画・TV

ごみ屋敷とオッパッピー

みなさんも観たであろうか。
オッパッピーこと小島よしおがTV番組で、有名なごみ屋敷の片付けをやってあげたのを・・・

うっうううううう~感動し~た

ごみ屋敷の報道は最近よくTVでやっているが、大抵のレポーターは

「うっ!すごい悪臭です。
なんとごみが門まであふれ出していますね~、
あっ住人の方がやってきました。
お話を聞いてみましょう。
どうして、こんなごみがあるんですか?
近所の迷惑は考えませんか?
あっどこに行くんですか?
逃げるんですか?
あ~行っちゃいましたね~」

もう矢継ぎ早にマイクを向ける。

そんな聞き方では誰でも逃げるだろ~が・・・

でも、オッパッピーは違っていた。

「おかあさん~ボク片付けてあげようか~」
と優しく言う。
そして、3日をかけてそのごみ屋敷のゴミをサンミュージックの若手芸人数人といっしょになって片付け、なんと最終日にはあの「マツイ棒」の松居和代まで駆り出して、その家をピカピカにしてあげたのだ。

誰でもが、「私有財産なんで、どうにもできないんですよ~」と、臭いものに蓋をしてきた。

ワタシたちだってTVのむこうから、あ~誰かなんとかしてあげればいいのにね~と無関心を装ってきた。

住人の方の心は病んでいる。(その理由まではわからないが)
そんなことはインタビューしなくたって、ごみ屋敷を見れば誰だって推測できるはずだ。

対人関係が無いに等しいくらいになっている。

心の闇を解きほぐす人を待っているのだ。

オッパッピーはTV番組といえどもそれをやってのけた。

すごいじゃないか!オッパピー!

拍手を送る、いやいやエールも送る、いやいや拝んでもいいくらいだ!
ついでに、ウィンクでも投げキッスでもOKだ!


ワタシはこのとき、童話の「北風と太陽」をなぜか思い出してしまった。
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by asaasa-archi | 2009-10-21 23:36 | 映画・TV

少女漫画回想録

ワタシは小学生時代は小学生向文庫というたぐいはほとんど読んだ記憶がない。
もっぱら、少女漫画を読みふけっていた。

なぜなら、カビ臭い小学校の図書館にある本といえば、「ファーブル昆虫記」とか「アルセーヌ・ルパン」とか古臭く、つまらなく、呈装もきたなくて、全く興味をひくものがなかった。

それに比べ、街の小さな駄菓子屋さんでも売っている、新品の少女漫画は毎週その店頭に並び、きらきらと光輝いてみえたからだ。

友達が月間マーガレットを買い、ワタシは週刊少女フレンドを買い、廻し読みをした。

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わたなべまさこのガラスの城は当時の少女の心を釘づけにしていた。
確か、ヒロインは「心優しいマリサ」と「意地悪なイサドラ」だった。
マリサは本当は伯爵家の娘でイサドラは貧乏な家の娘だったが、孤児院で育った二人の前に現れた伯爵はイサドラを本当の娘と勘違いして、イサドラを引き取り、マリサは召使として雇われる。
もうこれで十分な仕打ちをマリサにしたのにもかかわらず、イサドラは次々とマリサをいじめるのだ。
こういう展開は女の子は大好きだ。
もう、わくわくする。

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浦賀千賀子のアタックNo.1も好きだった。
バレーボールの少女版スポコン漫画のはしりであろう。
きびしい監督に鍛えられ、意地悪な友達をも、手なずけ、けがにも負けず、大会で勝ちすすんでいく、シンプルストーリーだ。








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金字塔に輝くのは、もちろん池田理代子のベルサイユのばら と写真はないが、オルフェウスの窓だ。
世界史にもある程度のっとったこのストーリーは壮大で、しかも男装の麗人が共にキーパーソンとなっている。
この頃の少女にとって、暑苦しい父親や、鼻水をだした男子しか周りにいない現実から逃避するには、男装の麗人はものすごく魅力的なのだ。
気になるのはオルフェウスの窓は確かまだ未完である。

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萩尾望都のポーの一族は当時の少女漫画では異色のSF系だった。
SFが苦手な女子にも、彼女の作風は容易に受け入れられた。




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時代は大分経ってからだが、大和和紀のあさきゆめみしは学生時代によく読んだ。
なぜならば、古典を読むのが苦手なものは、これを読め!と先生が言ったからだ。
源氏物語は苦手ではなかったが、これを読み出すとすぐ眠くなったので、ワタシは漫画でカンベンしてもらった記憶がある。





やがて、中学生になると、静岡市の大きな本屋さんにも一人で行けるようになり、次第に漫画から、一般小説に読むものも移行していった。
文芸書は読むべき価値が高く、漫画が低いとは、まったく思わない。
それぞれに、人々の心をつかみ、感動させたり、癒したりするからだ。

最近はネットで再版が容易に手に入るようになったが、少し前までは、古本屋さんでこういう漫画を偶然みつけると、昔の旧友に会ったような感情がわきあがり、それを手にとって、何度も何度も触って、いとおしんだものだった。
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by asaasa-archi | 2009-10-20 11:48 | 読書

フォトレンジャー・ビデオレンジャー

学校の運動会によく出没するもの
フォトレンジャー・ビデオレンジャーだ。

自分の子供の写真やビデオを撮るのを至上目的とする、運動会における突撃隊のことである。

一番の嫌われる理由は一般の親の見学者と共存できないことである。

つまり、その目的と手段があまりにも撮影至上主義に陥り、本来の運動会の趣旨を一向に理解していないためである。

去年の息子の運動会のことである。
中学生の生徒のたしかダンスか体操の種目だったかと思う。
本部席の隣に保護者用のイスが用意されていて、そこでほとんどの親が談笑しながら、見学していた。

数人の母親レンジャーたちがダンスが始まるや否やおもむろにビデオを手に、生徒の中に突撃していった。
そして、三々五々に自分の子供の横にピッタリとはりつき、ビデオ撮影を始めたのだ。

その撮影はダンスが終わるまで続けられた。
誰もがあきれはてた。

本部役員だったワタシは本部席で思わず静かに暴言をはいてしまった。

バカ親!!

100m競争のときもレンジャーたちは奮い立つ。
ゴール地点に陣取って、形相といったら、恐ろしい。

そりゃあ私たち一般の親だって、自分の子供の年に一度の晴れ舞台に心躍る。

「あと、何番目かしら。」
とか
「今度、○○くんの番よ!」
とか、もうスタートを心待ちにし、ピストルがなった瞬間から、我をも忘れ応援する。
白線を越え、「ガンバレ、ガンバレ」と手などを叩き、声援に余念がない。
運動会というのはこういうものだ。

その時だ。
「ビデオ撮影の邪魔だ!」と言う声が響く。
後ろを振り返ると、恐ろしい形相の彼らがいた。

古くは「ちびまるこちゃん」にでてくるまるちゃんの友達のお父さんも写真が趣味で子供の写真をたくさん撮っている。
その存在の歴史は古い。
気持ちもわからないではない。

子供を愛する気持ちから出発してはいるが、もうそれは、運動会本来の目的や意義から逸脱しかかっている。

ワタシたちは、電車内でどうどうと化粧を始める女の子たちを見る目と同じような目で見ていることを彼らは知っているのであろうか・・・
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by asaasa-archi | 2009-10-19 10:05 | 生活

白い鯛焼きのお話

「今日は、松浦さんにおみやげです。」と言って、「高岡の家(仮)」の奥様が持ってきてくれたもの

初体験の白い鯛焼き

今さらながら、というか、おそっ!というか・・・
割と、遅いんですよ! お初もの系が・・・ワタシは・・・
なにしろ生キャラメルだって、つい最近食べたばかりですからね。

そりゃあTVでは観てましたよ。
でも悲しいかな、TVでは味までは、わかりません。
それにTVのレポーターって「美味しい」としか言いませんからねぇ021.gif

「お~これが、あの噂の白い鯛焼きですか~ありがとうございます。」

中身のあんことかクリームはフツーの鯛焼きと同じなんですが、
白い皮の食感としては、白玉+大福の皮を足して2で割ったようなモチモチな感じです。

こげたというかちゃんと焼いた感じがしないのはなぜだろう?

なんか半焼けというか、いや!ホントに焼いてあるのだろうか?

でも、焼かなければあの魚型はできないよなぁ?

でも、このグニャ~モチ~とした感触はなんなんだろう?

わからない!

なぞだ!

ん~よくわからない食べ物だ~

ちょっとオーブントースターで焼いちゃおうかなぁ~

貰っておいて、タイヘン図々しいが、欲を言えばフツーの鯛焼きでもよかったような・・・

やっぱこのままじゃ、はっきり言ってイマイチだ~

どうしよう、上手な寸評ができない・・・025.gif
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by asaasa-archi | 2009-10-18 15:40 | 生活

凍える口

金鶴泳(きんかくえい)の「凍える口」を最初に読んだのは、たしか中学生だったような気がする。

鮮烈な印象のこの小説は彼のデビュー作である。

在日朝鮮人であることよりも吃音者(いわゆる どもり)の苦悩を執拗に綴ったこの小説はいささか中学生には衝撃が大きかったので、その後の潜在下にとどまり、吃音ということよりも在日朝鮮人に対する興味のほうがあとあとまでも印象に残っていたのである。
だから、題名よりも、朝鮮名のほうを覚えていた。

実は、昨日図書館で偶然にも彼の小説集のハードカバーを見つけ、すぐさま借り、再度読み終えた。
短い小説なので、すぐに読めるのだ。

冒頭から延々と続く吃音者の苦悩と感傷の部分があることにより、マニアック感が否めない。

彼の実力ならば、こういう部分を行間に押しとどめても、この感情は表現できたのではないかと思ったが、もうひとひねり考えれば、あえて、彼はそれをしないことにより、小説における自己実現をしたかったのかとも思った。

主人公の名前は「崔圭植」という。
私小説なので、これは彼自身である。
友人の磯貝くんはついに、生きる意味を探し当てられずに文中で自殺する。
主人公よりもはるかに重い吃音者だった。
彼の自殺は吃音が原因ではなく、幼少期の家庭環境に多くを起因するのだが、それを助長したのはやはり吃音だったのであろう。

自分自身ではどうにもならない社会的要因と、身体的要因の二つを持ち、書くことでその苦悩を和らげようとした主人公のはかりしれない「どん底」には、共産主義でしか人生を語れない政治人間や、なんの苦しみも持たず生きている幸せで温和な人たちが登場し、ますます彼を苛立たせる。

何度読んでも適切な感想文は書けない

これも読者の苦悩である。

ただただ、平坦な感情しか持たない人間にならないためには、こういう小説を読んだりすることはとても大切なことなのである。

吃音者でもなく、在日でもない人間が、その苦悩は理解できなくても、少なくとも「理解できない苦悩」を知ることは必要であろうと思うのである。

その小説には「大儀」や「慣習的思考」の無意味さが満ち溢れていた。
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by asaasa-archi | 2009-10-17 12:42 | 読書

「千両シャンパン」 祝・上棟でござる

「お仕事的建築の話でも、してみるか・・・」ではないのでござる。

で、コレ!

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こんど、「Skip F Method House」が上棟します。

その当日の「祝い酒」 まぁ舶来語でいうと「Celebratory drink」なんですが、なにしろ、家の名前をEnglishにしちゃった手前、「日本酒というのも、変じゃない?」ってことで、今回はシャンパンにしてみました。

実は、このブランドはワタシが大好きでして、バブルの頃はレストランでもオーダーしてました。
(泡つながりってことで・・・)
でも今は定価の3倍もとられるレストランなんかではとうてい飲めませんから、もっぱら、年数回の家飲みです。

で、じゃぁ、ラッピングもしてみるか の ノリで、コンセプトは和洋折衷  「千両シャンパン」~なんて安易なネーミング!

毎年買っている「熊手」ですが、たくさん貯まって、なんか部屋が熊手博物館みたいになっちゃたんで、一部解体させていただきましたので、すみません、「出がらし的ご利益」かもしれません~

ボトルのラッピングは難易度が高いですね~

実は、ブログが祝1周年を迎えました040.gif040.gif

ひとえに皆様の訪問でささえられて、まことにありがとうございます。053.gif

コメント欄はないのですが、お知り合いの方から、
「my son」がぶっちゃけトークで特におもしろいよ~
とか
最近の選挙ネタ、時事ネタも、主婦にもわかりやすくていい感じ~とか、
必ず毎日読んでます~とか ありがたいお言葉をいただいています。

ワタシは「速写」とか「速記」とか「速描」みたいな感じでこのブログを15分以内で書き上げることを目標にしています。「速文」とでもいうかんじですかねぇ。
なので、誤字脱字が多くすみません。
書きながら、頭で構成していく手法をこの趣味のブログを書きながら訓練中です。
(おっ!今日はもう20分経過してしまいました007.gif
毎日、がんばります~

ではでは、これからも、よろしくお願いします~
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by asaasa-archi | 2009-10-16 10:03 | お仕事

出雲駅伝の憂鬱

ワタシは大学駅伝を観るのが、大好きだ。

でもいつも思うことがある。

アフリカ系学生の出場についてだ。

なんかこれって、
武士が刀で真剣勝負しているところに、草むらからピストルを撃ってくるような・・・
というか、
駅まで徒歩で歩いていたら、横を自転車ですり抜けられるような・・
ん~
ほうきで部屋を掃除してたら、横から掃除機でブイブイやられちゃってるような・・・
うまく言えないけど、ちょっとこれって違わない?的な感じがする。

だから、日大のダニエルくんが勝利のテープをきってもちっとも感動しなかった。

高校で好成績をもつ選手は必ず、色々な大学から推薦のオファーがくるので、必然的に有名大学は有利になるのは、わかる。
無名大学であれば、アフリカ系選手をいれて好成績を残し、名を上げたい気持ちもあろうかと思うが、天下の日大で二人も留学生を出場させて、勝って、うれしいか?と思ってしまう。

何年か前の箱根駅伝の第一走者がほとんどアフリカ人留学生で、これって、どこの国でやってるのか?と思った人もおおいのではないだろうか?
なので、それ以来箱根駅伝で第一走者から留学生は消えた。

圧倒的にアフリカ人と東洋人の身体能力には差がある。

だから、勝負にアフリカ人留学生が勝ってもちっとも感動しないのだ。
日本人じゃないからだめだと言っている訳ではない。

駅伝がおもしろいのは、選手が青春のすべてを練習にささげ、賢明に努力し、母校のたすきをつなげるから、多くの感動を呼ぶのだ。

勝敗に縛られてそんなこともわからなくなってしまったのか!

東洋大学1年(当時)の柏原竜二くんが今年の正月に箱根を陥落させた感動はまだみなの心に焼き付いている。
高校時代無名選手だった彼の才能を見抜き、成長させた東洋大の監督は素晴らしい。
なので、今年 東洋大学は人気があがり、入試で昨年よりはるかに多くの学生が出願したらしい。

一般民衆を甘くみないでもらいたい。

私たちは何に価値があり、何が賞賛に値すべきかを、忘れてはいないのだ。
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by asaasa-archi | 2009-10-12 17:20 | スポーツ