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カテゴリ:読書( 27 )

「いのちの証言」を読んで

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最近は、老眼で読書もままならなかったけれど、友人がFacebookで紹介しているのを見て 図書館ですぐに借りてみました。

ナチス ユダヤ人受難の時代に生きた人々を 丁寧に取材して書き上げた作品

淡々と語る人々の、言葉の間から読み取れる、苦しみがよく理解できた。

ナチスが法律によって(法律を作って)ジリジリと、ユダヤ人を追い詰めていったことが解りやすく 時系列に書いているので、とても読みやすい。

お薦めの逸品です。




Zzz

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by asaasa-archi | 2017-06-13 20:47 | 読書

アラフォー・アラフィフに捧げる本

今日は久々に、アラフォー・アラフィフにもってこいの 本を紹介します。

角田光代の短編小説集「ドラママチ」

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いろんなものを待っている女性たちを書いた小説なのである。

私たちくらいの年齢になると、自分から進むべきときもあるが、待っているような時間もある。

多分それは、若いときにはない人生の知恵のようなものかもしれないし、自分ではどうしようもないようなものは、待つほうが良い場合もあることを知っている のかもしれない。

それは「進む」よりもはるかに忍耐の要るものであるし、確かにその悶々とした感覚を楽しむすべも持ち合わせている。


秋の夜長には、ぴったりで、軽く読めるが、読み終わったあとの感慨は重いかもしれない・・・











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zzz
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by asaasa-archi | 2011-10-23 23:31 | 読書

これも 癒しですか・・・

ワタシのところに、年に何回か無料でおくられてくる、雑誌がこれ。

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高級な旅 とか 高級なバッグ とか 素敵な家 とか とにかく 高級すぎるもの つまり非日常のかたまりのようなモノをかき集めて、編集した女性向けの雑誌なのだ。

まぁ、ただで見られるので、いつもパラパラとページをめくっているうちに、ついつい引き込まれて 出るのはため息ばかり・・・

で、あまりにすごいものがあったので、皆様に紹介します~

ルイ・ヴィトンの宝石

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左が 7千9百万円 右が 1億7百万円 だそうーですー

なんじゃ!!それ!!

と思わないで、見てやってくださいまし~

買うとか買わないとかいうレベルで見ると、アホくさっ!ってなるので、美術品を見るがごとく です・・

すごい、輝き~

これも、癒しですかね=




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ZZZ
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by asaasa-archi | 2011-08-29 23:29 | 読書

苦役列車 西村賢太著 を読んだ。

芥川賞選評で島田雅彦氏がドフトエフスキーの「地下室の手記」の主人公を彷彿させると書いていたが、私もドフトエフスキーの作品がちょっと頭を過ぎってしまった。

そのくらい、全体の重く、どす黒い描写がしつこいくらいに、口の中にべたべたと残る感触がした。

主人公 貫多 の社会の底辺に生きながらも気持ちのエネルギーがマグマのように地中にどろどろと渦巻くようなさまが手に取るようにわかる。
食欲と性欲だけを満たすために働く貫多が人足の仕事で、同年代の若者と触れ合い擬似的友情を抱いたりもするが、やがて生い立ちや生活の違いから、離れていく。

日雇人足というある意味、劣悪な職場環境になかでも、階級が存在し、毎日真面目に働くものは、肉体的に楽な仕事に廻され、昼食の待遇も差別される。
ただ毎日真面目に働けば階級が上がることも知りながら、真面目に働けない貫多が、その階級差別に苛まれるという理不尽さが、しごく人間らしくかえって読み手が安心感をうる

実力は文句ないが、アナクロニズム的作風が、逆にこの実力を押し隠す。
貧困、差別、無能、あられもない性描写などの具材が大鍋で煮えたぎるようである。

貫多と日下部くんとの交流はおもしろく、日下部くんの人物像もよく書けている。
ただ、これもテーマは何かと聞かれると、ちょっと考えてしまう。

作者は「私小説書き」と自身を定義づけているので、作者の在りし日の青春の一部分といえなくもないが、私は題材は確かに自身に起こったことであろうが、もう少し第三者的に貫多の深い部分の精神に入り込み、観察し、分析しおえてから、書き込んでいるのではないかと思った。

力強く確固たる文章がそれを物語っている。

「きことわ」は転調を繰り返すバイオリンソロのような音楽だと思ったが、これは人間の生と欲の解剖だと思った。
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by asaasa-archi | 2011-03-08 16:26 | 読書

きことわ 朝吹真理子著  を読んだ。

すごい作品だ。

文章がまるで音を奏でているかのごとく空間をゆらゆらと浮遊しながら、しかも旋律を隠しもっている。
先日読んだ「ノルウェイの森」が美しい絵画のようだと思ったが、これは音楽のようだ。
しかも、この音楽は時間軸をゆらゆらとさまよう。

天才とも言うべき表現力もさることながら、この25年前の時と現在の入れ替わりがあまりにもにスムーズで官能的だと感じた。

貴子(きこ)と永遠子(とわこ)の二人が25年前に過ごした葉山の別荘での1日と現在の1日の出来事が書かれているのだが、根底には誰にも平等でしかも一定の速度を持ちながら均等に流れていく時間という概念をみごとに覆して、あざ笑うがごとく転調を繰り返していく。

現在のふたりがカップラーメンの3分を待つくだりにこれが言い表されている。

「一口に3分といっても、カップラーメンを待つ、風が吹きすさぶ早朝に電車を待つといった3分間は長く感じられる。公衆電話の3分10円は会話する相手によりけりだけれど、ウルトラマンは3分あればじゅうぶんすぎる。時間というのは、とき過ぎてゆくようであり、いつも同じ尺で流れてゆかない。」

25年前の1日と現在の1日の二日間をこのような同じ長さでない時間で結びつけバイオリンソロの音色で表現している。

貴子と永遠子の人物もていねいに書かれている。
お互いにおかれた境遇の違いやら、家族に対する感情の区別も正確だ。
貴子の母の春子や貴子の叔父の和雄の関わり方も洗練されている。
多少、抽象画のようなぼかされたテーマが気にはなった。

次回はテーマを掲げ、こういう手法で小説を書いてほしいと思った。
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by asaasa-archi | 2011-03-07 16:33 | 読書

本日のおすすめ本とおすすめ料理

先日「直木賞」を受賞した 今一番タイムリーな作家 道尾秀介の「向日葵の咲かない夏」

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文章表現が写実的で豊かで深みがある。
どんどん読みたくなる作家だ。
いやぁ~さすがですね~直木賞作家だけはある。

先日ヒロのkagerouを立ち読みして、悲しくなった気分なおしには最適だ。
同じ受賞作でも、三ツ星レストランの料理と、学校の給食ほどの差があるなぁ~





で、学校給食並の見栄えだったが、本日「炊飯器でつくるキッシュ風ホットケーキ」をご紹介します。

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じゃがいも(少々チンしておく)、たまねぎ、ベーコン、とろけるチーズ、コーンです。

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これにホットケーキミックス+卵+水+塩コショウを投入し、炊飯器でフツウに炊く

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休日の朝食にぴったりのキッシュ風ブランチになる。
見栄えがいまいちですみません~が、おすすめの味になりました~
だまされたと思って、作ってみてくだせ=ませ=

リニューアルしたホームページをご覧ください。





ほほほ
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by asaasa-archi | 2011-02-16 18:27 | 読書

本は新しい価値観への入口

文学書の読書で得られるものは、知識ではないのだと思う。
新しい価値観を探して、人は本を読むのだと思うのだ。

人一人の人生では、出会う人もそう多くないし、世の中の事だって、そうたくさん経験できるわけではない。
だから、歳をとるにしたがって、どんどん価値観が固定化し、慣習やらにがんじがらめにされてくる。

子供を持つ親であれば、子供が大きくなってきて、彼らの若さやパワーに圧倒されてくるし、親としては、それを静観しているだけでは済まされず、助言もしなければならない場面もある。
そのときに、古臭い助言しかできなければ、バカにされるかもしれないし、親としては、子供に感心されるような言葉のひとつも言ってみたいと思うのである。

世の中の人は様々で、色々な立場や考え方がある。
偏った見方しかできなければ、つまらない人間になる。
だから常に新しい価値観を知ることで、自分を磨いていく必要がある。

もちろんこれは映画を観ることだっていいし、TVを観ても様々なことを吸収できるのだが、やはり、奥深くまで、思考したり、感銘を受けることができるのは、読書が一番いい。

ワタシは作者読みをよくする。
つまり、1冊読んでいいなぁ~と思った作者のものを全部読む といったやり方だ。
定番なところでは、宮尾登美子、横溝正史、松本清張、筒井康隆などの売れっ子作家がやはり主流となってしまうのだが・・・

大学生の頃、単発のバイトでポーラのデザイン室に行ったことがある。
そこのクリエーターと話をしたときに、池田満寿夫の話になった。
当時は「エーゲ海に捧ぐ」で彼が芥川賞を受賞して何年も経っていなかったころだった。

彼の女性遍歴の話となり、本妻とは別居中で、詩人の冨岡多恵子と別れ、中国系アメリカ人画家のリ・ランと同棲中だという話になった。
そのクリエーターは冨岡多恵子の本も面白いし、リランという女性もすごくオモシロイと言った。
若いワタシはその話にひきつけられて、リランと冨岡多恵子の本を全部読んでみた。

自由に生きる才能あふれた女性たちがそこにいた。

ワタシもこんな風に生きたい・・・と思った。

クリエーターとのちょっとした話からワタシの価値観も大きく変わった。

だから、51歳になった今でもワタシは、新しい価値観を求めて本を読むのである。
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by asaasa-archi | 2011-01-31 23:31 | 読書

ワタナベ君の説明

「ねぇワタナベ君、英語の仮定法現在と仮定法過去の違いをきちんと説明できる?」
と「ノルウェイの森」で緑がワタナベ君に質問する場面がある。

「できると思うよ。」とワタナベ君は答える。

この仮定法は高校に入ってすぐに英語の授業で習う、難解なグラマー(文法)である。
緑の言う通り、1回説明を聞いただけでは、わかりにくい文法なのである。

先生も、「この仮定法は現在では使われてないからね~」などと言ったりするものだから、、益々生徒も理解したくなくなってくるのである。

だから、大抵は例文をたくさんこなして、感覚で理解することになる。
なにせ、言語だから杓子定規な説明よりも、そのほうが早く習得できるからだ。
ワタナベ君のように、人に聞かれて、説明できると明言できるのは、すごいことなのだ。

で、緑が「ちょっと聞きたいんだけど、そういうのが日常生活の中で何かの役に立ってる?」と質問する。

「日常生活の中で役に立つということはあまりないね。」とワタナベ君が答える。
「でも具体的に何かの役に立つというよりは、そういうのは物事をより系統的に捉えるための訓練になるんだと僕は思っているけれど。」と付け加える。

その答えに緑は感激する。
そして「系統的に物事を捉えることは必要かしら。」と緑が聞くと
形而上的思考やら、数ヶ国語の習得はやりやすくなるね」とワタナベ君が言う。

これを聞いた緑が高校のときにワタナベ君に出会っていれば、もう少しワタシも勉強したかも という。

実はワタシも、高校のときにワタナベ君のような人に出会っていれば、もっとイイ大学に受かっていたかもしれないと思った。
(お~コレって、仮定法過去完了でござるな~)

このように、数学の微分積分やら、英語の仮定法をしっかり理解することが目的ではなく、手段であると考えれば、すべての謎が解ける。

よく、勉強ができない子供が、こんなことやって、何の役にたつ!と癇癪をおこしたりする場面がTVなどで見るが、大抵の親は、ろくに説明できずに、混乱するか、怒るか なのである。

ん~ワタナベ君はきっと聡明なパパになるよな~と思った。
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by asaasa-archi | 2010-12-15 00:14 | 読書

ノルウェイの森(下)

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彼が書きたかったことを一言で述べよ と言われても、とうてい 言えないのが、村上春樹作品なのである。

具象的なストーリーはあるのだが、実はそれは作品にとってあまり意味をなさない。
この作品にでてくる登場人物の多くが死んでいるとか、心を病んでいることをみてもわかる。
つまり、ストーリーという表層的なことを追っていると、まるで自分が今どこにいるのかさえもわからなくなってくるようにできている。

主人公ワタナベくんの心の推移だけを追っても、迷路にはいるようにもできている。

読書において、人はまず、文章を読みそれを自分の定規やら分度器やらにおしあてて、自分という変換機で変換しながら、理解するというふうに、読み進めるようにできている。
そして、変換したあとに、それを体系的に並べ替え、感想をもつ という手順なのである。

ところが、村上春樹作品では、そういう手順を踏んでしまうと、まったくの迷路にはまる。

なにがなんだかわからなくなる。
平易な文章とは裏腹に、視点がでんぐりかえって様々な角度から多面的に展開する。
ピカソの後期作品のように・・・

ワタナベくんが、直子と実際に交際する時間はわずかなのであるが、会えない時間とか、出会いの原点の複雑さとかが起因して、まるで脳内恋愛がふくれあがって、互いが深く求め合っていくさまが、とてもシュールな感じがした。

そして現実の交際相手である緑とはある一線をひき、上手な男女交際がすすまない。

永沢さんはとてもおもしろい人物なのだが、ハツミさんとの恋愛もどこかぎこちなく、結局互いを傷つけあって、破局する。

まるでアブノーマルな恋愛図鑑のようだ。

恋愛がうまくいかないたびに、死んでいく。
逆にこれが、スーパーリアリズムなのかとも錯覚してしまうくらいに、恋愛を掘り下げる手法なのか・・・

こんなひとことで感想文がかけない小説を映画化できるのか?

なんだか、映画を観るのが怖くなった・・・
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by asaasa-archi | 2010-12-14 00:32 | 読書

ノルウェイの森(上)

村上春樹の作品に共通しているのは、わかりやすい平易な文章と、難解なストーリーやら視点の交差である。
それに、独特の比喩表現の豊かさが加わり、まさしく独自の世界を展開していく。
そして、小説の時代とか登場人物にはいっさい関係なく繰り広げられるなにか特別な世界観のようなものがある。

半分を読み終えて感想文を書きたいと思う小説というのは少ない。
多分 これが1/4だけでも、そこまでの感想文が書けてしまうような、内容の深さがあるのだろう。

主人公のワタナベと直子の めくるめく恋愛が題材なのだが、彼の書きたかったものは違うところにあるのではないのかと、半分読み終えた段階では勘ぐっている。
なぜかというと、直子の精神が病んでいて、なぜ病んでしまったのかとか、精神病院的療養所のルームメイトのレイコさんもなぜ自分が病んでしまったのかを、延々と一人称で思い出話として語る場面がある。

ここまで登場人物に過去話を語らせる理由がまだ、よく理解できないのだ。
その過去話は壮絶で、陰惨なのだ。

病んだ直子への感情は恋愛なのか、同情なのかもわからないままに愛し合ってしまう飛躍が、まるで別の次元にワープしたかのような感覚だった。
そしてワープした場所は、官能の世界がさながら抽象絵画のようであり、そこに酔っていると、レズビアンの過去話が飛び出してきて、精神がまた一気に別の場所に移動させられる。

この、精神世界を映像で描くのはとても大変だろう。
一歩まちがったら、ひどく退屈な映画となる可能性もあるし、過去話の羅列を始めたら収集がつかなくもなるだろう。

ただ、同じ大学に通うミドリとの交友はほのぼのとして楽しい。
普通の大学生の恋愛に近いふうに書かれているし、ミドリという女の子はちょっと変わっているがとてもキュートなのである。
それでも、その家族関係が希薄はいわゆる幸が薄い少女なのであるが・・

そして、同じ寮の先輩の永沢さんの存在もおもしろい。
とびきり秀才で、ハンサムで、素敵な彼女がいて、しかも何人もの女の子と寝ているのを自慢したりするが、どこか影がある。
彼が後半でどういう影響をおよぼすのかが、気になる。

早く(下)を読み終えて、映画館に行こう~

鳴り物入りで封切ったので、どんなだろうかと思うと、楽しみなのだ。
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by asaasa-archi | 2010-12-11 23:36 | 読書