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カテゴリ:恋ばな 思い出( 9 )

プリプリをTVで見た。

再結成されたらしいプリンセスプリンセスの歌を今日TVで聞いた。

時は日本がバブルに上り詰める一番景気がよかった時代。

ジュリアナ全盛期

若い娘はみな前髪をくるりと外巻きに立ち上げ、でっかいイアリングをし、肩パットの入ったスーツとミニスカートをはいて、街を闊歩していた頃だ。

そんなころにプリプリは絶頂期だった。

就職しはじめた頃で、夜な夜な会社の同僚たちと飲み歩いていた いい頃だった。

いきつけの飲み屋さんで、男子大学生にナンパされた。
ワタシはもうすでに26.7歳くらいだったが、22歳だとウソを言った。

一緒にナンパされた会社の同僚(女子)は20歳だったし、大学生も22歳だと言っていたのに、ワタシひとりがババァだとはいえなかったからだ。

で、そのうちのひとりの大学生に、次の日曜日にダブルデートしないかと誘われた。
ちょっと タイプの感じの男の子だったので、すごく迷った。

が、いかんせん4歳もサバを読んでしまったので、付き合えない。

もったいなかったが、やはり断った。

いまさら年下大学生と付き合うのも、疲れると思ったし、サバを読んでごめんねといつか謝らなければならないのが、プレッシャーだった。

あーあー

このときにカラオケで歌ったのが、世界で一番暑い夏 

くやしまぎれの、大声がスナックに響き渡り、それでもなんだか発散できたような、変な感覚だったのを覚えている。

このころが一番もてた。

ていうか、若かったから当然だ。

ていうか、誰でもがそうだ。

なにいってるんだ。私

あーあー

それにしても、やっぱ歳をとると声量がぐっと落ちるね!

悲しいかな プリプリ

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by asaasa-archi | 2012-07-14 23:14 | 恋ばな 思い出

初恋の結末

心にぽっと灯がともるような恋心を何度か経験したのち、ワタシが魂が焼き尽くされるような恋心を抱いたのは、高校生になってしばらくしてからだった。

クラスメイトのカレを好きで好きでたまらなくなり、恋心を誰にも打ち明けられず、人知れず涙にくれる日々だった。

燃え盛る恋の炎と裏腹に、カレの前では一言も口をきくことのできないシャイな自分に苛立ちながら何年もすぎ、ついに高校三年生の秋になった。

体育祭の日であった。

夕暮れになると競技もすべておわり、日没を迎える頃にキャンプファイヤーの火をたき、全員でフォークダンスを踊り、そのお祭りを終える。

祭りのあとの虚脱感が心にひろがって、家についたワタシはまるで堰を切ったようにカレの家に電話した。
ワタシがカレに電話したのは あとにもさきにもこれ1回だった。

小さい街の暗い喫茶店で会い、カレはビールをワタシはカクテルを飲んだ。
青春の多感な時期の若者にとって、言葉で告白しなくとも恋心などは、いとも簡単に察知することができるのだろう。
カレはワタシの恋心に気づいていた。

そしてカレに告白することのないまま、まるでワタシの恋を受け止めるかのように、その夜、ふたりは結ばれた。
もちろんワタシにとっては初めての経験だった。

あまりにも大きな出来事であったので、ワタシはその後も学校であっても、今まで通りに無口であったし、カレもとりたてて今までとかわらず、優しいまなざしだけをワタシにむけていた。
大人になりきれずに結ばれたワタシたちにとって、そうすることがなによりも二人にとって良いということをお互いに知っていた。

そしてむかえた卒業式。
式もおわり、誰もいなくなった廊下をあるいていると、偶然カレが向こう側から歩いてきた。
無言ですれ違い、あ~これで恋も終わったと思った瞬間、カレが振り向いてこういった。

「ムサビ合格したんだろ。おめでとう。オレも大学は吉祥寺だから・・」

一瞬 ときが止まった。
そしてワタシもすぐに振り向いた。
「おめでとう。」
そういうのがせいいっぱいだった。

そして夕日の廊下で別れた。

大学生になって偶然、井の頭線で1回 吉祥寺のディスコで1回会った。
映画なら、そこから恋が始まるのだろうが、現実はそううまいことはいかない。

そして、ほんとうにカレのことは思い出すこともなくなった40代後半になって、カレの訃報をクラスメイトから聞かされた。
事故で亡くなったようだった。

小説にもならないような短い初恋であったが、一生に一回しかない初恋にふさわしい、まるでシャボン玉のようにはかなく淡い思い出だった。

そして、誰にもこういう思い出はある。



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by asaasa-archi | 2012-02-03 21:54 | 恋ばな 思い出

昔の恋人

さっき キョン2(小泉今日子)がでているTV番組を見ていたら、40代半ばの女友達と飲んでいるシーンで、「昔の恋人を検索したことある?」 っていう台詞があった。

確かに、商売やってたり、えらい地位についてたりすれば、かならず検索で引っかかる。

そういう時代になった。

要するに、人の人生の覗き見なんだけど、よくよく考えたらそういうのを「未練」っていうのかなぁとも思った。
いやいや未練などという単純な思いではなく、自分の人生にかかわった人の「その後」 を知りたいという、ただの興味本位だとも言える。

もちろんどうなっていようとも、「ふ~ん」的な感情以外は湧かないであろうが・・・

いや、違う。
その人との別れ方にもよる。

メチャメチャ自分が好きなのに、振られた とか わけも言わずに去っていった とか なら 違う感情が湧いてくるのかもしれない。

出世してたら お~ とか
犯罪人になっていたら え~ とか
はたまた 結婚しているのか とか 子供はいるのか とか
もう気になって仕方がないだろう・・

でも、自分が好きではなくなって別れたのであれば、もしかしたらそれほど興味は湧かないのかもしれない。

なぜ、キョンキョンの台詞にドキッとしたかというと、実はワタシも検索したことがあるからだった。

その人はただの一市民であるので、それほど詳しい情報はないが、周辺の情報はわかった。
検索しながら「なんでワタシったらこんなことしてるんだろうか・・」とふと我に返った時にちょっと後悔した自分がいた。
しなくてもいいし、する必要もないし、ずっと昔のことだ。などと 言い訳じみたことも考えていた。

決して寂しいという一色の感情ではなく、ましてや恋しいという感情でもない。
当然また会いたいとは思わないし、話したいということもない。
ただただ 懐かしい という郷愁の思いである というのが一番近いかもしれない。

TVドラマのキョンキョンは45歳で、ワタシは52歳になったばかりだった。

若くもなく、老人でもない、やっかいな年頃なのだ。



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by asaasa-archi | 2012-01-19 23:49 | 恋ばな 思い出

秋といえば栗ひろい

昔の話でございます~

カレと1泊2日の信州の旅にドライブででかけたときのことでした。
初日にドライブをしていると、「栗ひろい」の看板をみかけました。

「すごい!栗ひろいだ」と喜びいさんで、私たちは車を山道沿いに方向転換し、栗の木が生い茂るその場所につきました。
何組かの先客がいましたが、みな ざる のようなものを持ち、軍手をして たしか千円とかの安価な料金で栗ひろいを体験していました。

私たちも喜んで、キャーキャー言いながら 懸命に栗ひろいを楽しんだのでした。

拾った栗を袋に入れてもらい、車に戻り、「思いがけずいい体験をしたよねー」的な言葉を交わしながら、ドライブを続けていました。

そうしたら、ふと、運転中のカレがゴソゴソとズボンのポケットをまさぐり出して、「な・なんかさ~財布がないんだけど・・」と言いました。

「はぁ~~~」

「もしかして、全財産が入った財布 栗拾いのとき 落としたかも・・」

おい!!

「じゃーさー今日の宿はどうなっちゃうワケ!旅行はどうなっちゃうワケ!」怒り心頭したワタシはカレに罵詈雑言を浴びせかけた。

もうあの場所から20分は走ったであろうか。
急いで車をUターンさせて、一目散にその場所に車を走らせた。

「あのさーもしなかったらさー本日からの旅行は中止になるよね!当然!金がないんだから!も=頭きた!!」ワタシの悪態は続いた。
なぜならば、ワタシのお金も大半カレに預けていたからだった。

「なんて、バカなのよ!気をつけてよ!!」

「だいたいいつも ぼーとしてるから そうなっちゃうんだからね。」

まだまだ 悪態は続く。

「預けた私のお金はもちろん 弁償だからね。」

「もー楽しい旅行がサ・イ・ア・ク」

まだまだ許さない

延々20分間 悪態を言い続け、やっとその場所に着いた。

ワタシの悪態を黙って聞き続けた彼の顔は真っ赤になっていた。
急いで彼は車を降りて、栗の木のところに駆け寄っていった。

怒り心頭していたワタシは車に残って悶々としていた。

そして10分後、戻ってきた彼は「あった・・・」と言った。

悪態をあまりにも言い過ぎたワタシは放心状態になっていた。

「良かった」としかいえなかった。

「おまえさ=あの悪態はなんだ!!」急にカレが猛反撃にでた。

「だいたいさーよくも、あれだけ言えるよな!信じられない女だ!」

「もう旅行が台無しだ!反省しろ!」

なんでワタシが反省するのかわからなかったが、なぜか「ごめんね。」とついつい口走ってしまった私であった・・・
結局カレは一言も謝らず、なんでワタシだけが、謝ってるんだ!



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by asaasa-archi | 2011-10-21 22:42 | 恋ばな 思い出

基礎デザイン科のコンチャンの話

模型の話のくだりで登場した基礎デザイン科のコンチャンの話をしよう。

彼の容姿はひどいモンだった。
骨太な身体にでかく四角い顔がのっている。
眼は細く、肌はきたなく、めがねをかけている。
髪は長髪で昔の武田鉄也のようだ。

青山学院大学を卒業してから、何を思ったかムサビに再度入学してきた。
学士入学ってやつだ。
だから、語学はメチャできる。

バイト中はラヂオの進駐軍放送をいつもかけていた。
そこでは曲と曲のあいまにDJがニュースをしゃべる。
当然私たちは何を言っているのかはわかるはずもないので、早く曲にいかないかなぁ・・などと思って聞いているのだが、コンチャンは違う。

お~今日どこそこで地震があったらしいぞ!とか、エルビスプレスリーの誕生日なのかぁ とかDJが何をしゃべったのかを私たちに伝えた。

コンチャン!!なんでこんなに早く喋る英語がわかるの?」と聴くと
「だって、アースクイックって言っただろーDJが・・」
コンチャンは当たり前のように言った。

「えーそんな単語いつ言ってた?」
手先は器用だが、語学とはまったく縁のない私たちは驚いた。

コンチャンは青学で一般教養を習得しているので、私たちにもテストとかレポートの極意を教えてくれた。
ワタシが唯一一般教養で「優」を取れた「民俗学」コンチャンの指導があったからだ。

そんなコンチャン、しごくラフで優しい性格なので、私たちはバイトの帰りにコンチャンのボロアパートによく行った。

「今日はカラオケしよーぜー」とコンチャンが言った。
「おーいいなぁーしよー」とイケメンくんも言った。

当時のカラオケとは、パブとかスナックにカラオケの機械があり、ちょっとしたステージもあり、そこで1曲¥200程度払って歌うというのが、最も一般的だった。
だから、下宿に機械があって、ただで歌えるのなら最高だと私は思った。

コンチャンのアパートにつくと、でてきたのは、譜面台と明星付録のギターコード集と、コンチャンのギターだった。

こ・これ・カラオケ?

「やっぱさーギターが最高なんだぜ」とコンチャンは得意げに言った。

そして、その日は夜が更けるまで 歌いまくった。
コンチャンは自分は歌いもせず、ずっとギター片手に演奏をしてくれて、時々日本酒の「剣菱」を飲んでいた。

それから私たちは、バイト帰りにコンチャンのアパートで何曲もカラオケをした。

すごくイイヤツだったが、恋愛感情は、ひとかけらもわかずに、私たちは卒業した。
(ごめん ワタシは面食いなんで・・・)

確か、故郷は新潟と言っていたなぁ・・・



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by asaasa-archi | 2011-08-17 18:31 | 恋ばな 思い出

ルビーの指輪

最近は YouTubeで昭和の名曲が聴ける。
あのときの映像がひとり自分の部屋で、そのまんま 観ることができる。

この曲は「なごり雪」とならんで、昭和の名曲だと思っている。
ワタシが大学4年生のときの大ヒット曲だ。

ワタシは大学2年のときに日本橋のデザイン事務所でバイトをし始めた。
最初はひとり会議室で模型をつくる仕事をまかされた。
なんだかひとり会議室に残されて仕事とはいえ、ちょっぴり寂しい気分だったことは確かだった。

初日の昼休みに間違えたと言ってその会議室に入ってきた若者がいた。
「あ~こんにちは」
「はぁ~・・・」
「バイト?」
「はい。」
「ボクね。社員。」
「は~」

こんな会話のあと、その彼にディスコに誘われた。
九州の工業高校を出て、その会社に入り、今は現場管理の仕事をしていると言った。
同じ年だった。

私たちはすぐに意気投合した。
そのあと何回も新宿やら、渋谷に出かけ、いつのまにかワタシの心は彼に傾いていた。
同じ年でも働いている彼はワタシにとってはとてもたのもしい存在だったからだ。

何ヶ月かしてワタシは彼の部屋に遊びに行った。
そして、机に置いてあった見知らぬ女の子の成人式の晴れ着の写真を見つけた。
写真館でとったような、装丁したりっぱな写真だった。

「これ誰?」ワタシは恐る恐る聞いた。
「あっ!九州の高校の同級生・・・」

女の勘ですぐに、故郷に残してきた彼女 だと思った。
まさに「木綿のハンカチーフ」の歌詞のようなシュチュエーションだった。

そしてその恋はまもなく終わった。

大学4年生になり、そのときワタシには年上のカレ氏がいた。

もう卒業間近という頃、深夜のアパートのドアをノックする音がした。
ドアを開けるとそのときの彼が立っていた。
寝るばかりのワタシは、スッピンでジャージを着ていた。

しばらく私たちは無言で見詰め合っていた。

「ごめん。」と言ってワタシはドアを閉めた。

次の日、年上のカレ氏と小金井公園を散歩したあと喫茶店に入った。
ワタシは公園を歩きながら、同じ年の彼とのつらい思い出ばかり考えていた。

そのとき流れていた曲が「ルビーの指輪」だった。
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by asaasa-archi | 2011-03-03 00:21 | 恋ばな 思い出

ホワイトクリスマス

山下達郎の「クリスマスイヴ」が聞こえてくると、思い出すことがある。

20代前半のワタシは、大学時代から付き合っていたカレとステディな仲になっていた。
卒業後、実家に戻ったワタシとカレは遠距離恋愛であったが、まぁまぁの恋愛を楽しんでいた。

その年は二人で、クリスマスを北海道で過ごそうという話になり、JALパックで2泊3日のスキー旅行にでかけた。

ニセコスキー場は氷点下10度くらいのものすごい寒さで、吹雪いていた。
斜度は多分10度くらいの初心者むけのゲレンデだったが、視界は1Mもなかった。
ワタシはスキーの腕前は中級程度で、その程度のゲレンデであったら、パラレルで楽々すべってこれたが、あまりの吹雪のために、恐怖でまったく滑れなくなってしまった。

カレに何度も勇気付けられたが、ワタシは吹雪のなか立ち往生してしまった。

どうしようもなく、降りのリフトに一人のせてもらった。
リフトのおじさんは渋々だったが、半べそをかいたワタシに同情したのか、おじさんは「特別だからね」と言った。

長い距離のリフトを降りると吹雪は嘘のようにやんでいて、カレがそこで待っていた。
バツが悪いワタシに気遣いワタシたちは無言でレストハウスに入りコーヒーを飲んだ。

「別にどうってことなかったけど、降りのリフトもなかなか良かったし・・」
若いワタシは素直になれなかった。
「こういうとき、素直に怖かったとか言えると、カワイイと思うよ。」
年上のカレはこう言った。

その夜、ワタシたちは札幌のホテルのレストランでディナーをとり、ワインをたくさん飲んでいた。

「いっしょに降りのリフトに乗ってくれれば、優しいとか思えたのに・・」
ワタシはさっきのお返しに、ちょっぴり嫌味を言った。

にやっと苦笑したカレを見ながら、ふと窓に目をやった。

「あっ!雪が・・・」思わずつぶやいた。

最初で最後のホワイトクリスマスだった。
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by asaasa-archi | 2010-12-24 23:14 | 恋ばな 思い出

怪談とおばけ屋敷

暑い時期に寒さを感じる風物詩として、怪談やおばけ屋敷が登場する。

実はワタシはこれらが大嫌いである。
ん~つまり、蚤の心臓なので、ものすごく怖いのである。
同じ蚤仲間でも、my sonはジェットコースターは大嫌いだが、おばけ屋敷は平気なのである。

だから今までにおばけ屋敷は1回しか入ったことが無い。

今はどうか知らないが昔、後楽園遊園地に、しょぼいおばけ屋敷があった。
学生時代に付き合っていた彼氏と遊びに行き、おばけ屋敷に入ろうと誘われた。

「絶対に断る!」とは言えなかったので、「ちょっと怖いからやめとくワ!」と控えめに断った。
「大丈夫だよ~ボクがついてるよ~」と彼氏もかわいく返した。

い・いえいえ、誰がいても、怖いものは、怖いんですよ!! 
と今なら断言するが、まだ少女だったので、断りきれずに、とうとう入ってしまった・・・

怖がらせるというよりも、脅かすといったやり方で、暗闇から急に、ろくろっ首が飛び出してきた。
なにせ、中は真っ暗闇なのだから、ソリャー びっくりする。

ぎゃあぁ~~
この世のものとは思えないような、叫び声をあげてしまった。

ろくろっ首とワタシの驚愕の叫びに彼氏は二度驚き、ワタシの肩をギューとつかんだ。

い・痛て~

ワタシは思わず彼氏の手を振り解き、一目散に出口に向かって走っていった。
涙がビュンビュンと頬を斜めに走り、閉まっていた扉に激突して、転んだ・・・

お岩さんが、「大丈夫ですか~」と言って、扉を開けてくれた・・・

ぎゃあぁ~~

声は枯れはてて、ワタシを追って走ってきた彼氏の手を振り解き、一人で後楽園遊園地を後にした。

19歳の夏の出来事だった。
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by asaasa-archi | 2010-08-23 00:18 | 恋ばな 思い出

ディスコクイーン

今夜TVで西条秀樹がヤングマンを歌っていたのをみて思い出した。

ワタシが大学に入学した頃はディスコティックの全盛期であった。
サザンオールスターズが当時青山学院の4年生で、「勝手にシンドバット」で華やかなデビューをした頃だ。
国分寺に住んでいたワタシは吉祥寺までの通勤定期を買い、毎晩のようにディスコティックに通っていた。
その名を「インディペンデントハウス」と言った。

このインディは新宿の歌舞伎町にもあったが、そこそこ近いところで吉祥寺をよく利用した。

曲はサザンの他には、この西条秀樹のヤングマン 本家のビレッジピーポーももちろんかかっていた。
アースウィンドアンドファイアーなどもよこ覚えている。

ポッキリ料金で¥1980だった。
なので、オールナイトで踊り明かした夜も少なくなかった。

そこは男子が女子を誘うナンパと呼ばれるメッカであったので、必ず女子同士で出かけていった。
新しい男子と知り合えるからだ。

もちろん下宿生に電話などはなく、知り合ったら次回のデートの約束を必ずした。
そうしなければ、会えないからだ。
今時のように、携帯メルアドなど交換するような、なまっちょろい事はできない。
気に入ったら、即約束なのである。

草食系男子などはいなかった。
みな男子はあわよくば、ディスコから、即デートか下宿に連れ込むことを考えていた。
なので、女子はじらして、じらして、OKをだした。

夢のように楽しかった。

西条秀樹はさすがに、その経った年月を感じさせるような風貌になっていたが、歌声はかわりなく力強かった。
みごとである。

ワタシの風貌も変わり、息子が当時のワタシの歳を越えていた。
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by asaasa-archi | 2010-04-26 21:36 | 恋ばな 思い出