女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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「起きて半畳、寝て一畳」を住居の視点で考えてみる。

起きて半畳、寝て一畳 は、あまりある物欲を戒める意味をもつことわざである。

ところがこれを現代の住居の視点で考察すると、寝室で、1帖 余裕を見て2帖としてもあまりにも狭い。
戒めるどころの話ではなく、逆にこれではだめだ。もっと稼いで広い部屋に住みなさい 的なことわざとなる。

学生時代に渋谷で3帖という下宿に住んでいた友人がいたが、寝るスペースに1帖 寝る以外の居場所で1帖、タンスなどの収納で1帖という具合だった。
誰が考えてもそれ以外のバージョンはない。

監獄だって、これ以上のスペースはあると思うのだ。

住むという視点から見ると、科学的な考察があり、広さ以外にも高さや家具の位置という複合的見地で考えられている。

簡単にいうと、6帖の部屋でも高さが部屋としての法令最低条件の2.1mの場合と2.5mの場合では感じる広さはそうとう違う。
また、置いてある家具の高さでも、壁一面、天井一杯の家具で満たされる場合と、低い家具のみの場合でも違う。

例えば3帖の部屋に最大限に快適に住むとすれば、下部に収納付のベッドと、低い(せいぜい高さ50cm程度)家具のみにすれば、かなり心理的に余裕が持てる。

部屋に入るときの目線は120cmくらいであるので、そのビューポイントに家具がなければ広く感じる。
壁一面収納家具は絶対にやめるべきだ。

通販などの安価なスチール家具で、高いベッドの下に学習机とクロゼットもどきが入り込んでしまうようなものは、一見良いように見えるが、空間貧乏になるので避けるべきだ。

壁に大きな鏡をつけるのも目の錯覚をまねき広さを感じる。
(これは まやかし っぽくて嫌いだが、3帖の部屋ならばそうも言ってられない)

照明器具は部屋の真ん中に1個付けるのではなく、ダウンライトやスタンドを使い、部屋の明暗をつけたり、ウォールウオッシャー的な、壁を照らす照明器具にするのもよいであろう。

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現代の住居においてはこういう工夫が必須となっている。

一方で、日本には わびさび といった伝統的な考え方もある。
茶室などはわざと天井を低くする。
にじり口は、頭を低くしなければはいることができない といった文化だ。
高い天井は下品、低い天井のほうが上品 という考え方だ。

腰掛ける文化では自然と目線が高くなり、天井も高いものが要求されるが、畳に座る文化では、目線は下がり、天井も低くてよい。

だが勘違いしてはいけない。
茶室には家具はほとんどない。
だから、良い。

こういう上品を気取るのであれば、家具(持ち物)は持たないのである。

現代においては、こういう持たない文化は置き去りにされて、機能満載の電化製品の数々とそれに必要なコンセント、おおきなソファ、でかいベッド、勉強しない子供のための勉強机、あげればきりがない。

ルンバだって、狭い部屋に満載のモノだらけの部屋で、どれだけ活躍できるかは、謎である。

いくら設計士がない頭をこねくりまわして、ありとあらゆる収納や工夫をしても、住まい手が次々にモノを買い込んだら、お手上げだ。
「もうぅ、収納足りなかったワ」などと、ワタシに言わないでくれ。

加速度的に増えるモノを計算したら、部屋中収納になって、そこはもう住居ではなく物置だ。

おかしな方向に話が進んでしまったので、イッキにまとめるが、つまりは、住居的に言うと、必要な部屋の広さは、面積 と 高さ と 家具の面積と高さ と ワビサビありなし と 断捨離状況 などを乗じたり、加算したり、減じたり、除したりして割り出す ということだ。

わけのわからない話になった。

プロの話ではない。

すみません。


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by asaasa-archi | 2013-02-08 23:21 | お仕事