女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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八日目の蝉 再び・・・

やっぱ、TVの映画劇場は、かなり割愛されているので、じっくりと映画を楽しむというわけにはいかない。

それでも、初めてみたあの映画の「感動ダイジェスト」みたいな感覚は蘇ってきた。

何回かみると、感想もある程度整理されてくる。

角田光代は、こういう女性の感情の不条理を書かせたら天下一品だ。
どうにもならない現実のはざまで揺れる女心を、まるで手玉にとるかのように、上手に書く。

どうにもならない現実の存在については、ある程度共感できるが、女心の描き方については、共感しがたい面もある。

まずは、誘拐犯のキワコについて
どう考えても 極悪人である。

不倫の末に中絶し子供を産めない身体になった腹いせに、なんの罪もない愛人の妻の産んだ子供を誘拐し、自分の子供として育てるという非道さ。
身勝手きわまりない行動である。

仮に自分の夫に愛人がいて、そういうことをされたのならば、百回殺しても足りないと思うであろう。

それを、角田光代は犯人に焦点をあてて、この小説を書き上げて、みごとに犯人に同情を集めてしまうという大立ち回りをこなしたのだ。

さすがである。

ワタシだって、この映画にはまって、キワコの子供に対する愛情に涙してしまったのだ。

いやいや違うだろ と何回も思い返すのだが、女性の観客の「母性」を手玉にとって、犯人に感情移入させ共感を集めてしまう。

観客全員が愛人の心境になってしまうのだ。
ともすれば、妻のほうが悪人のような感覚を覚えてしまう。

もちろん、見終わって感想を整理すれば、この映画の悲劇の全ての原因はキワコの行動にあるということが、わかるのだが、角田光代 おそるべし というべきなのか。

それとも、もしかしたら、オンナの心には、妻側の心境と愛人側の心境と両方を持ち合わせていて、それが交互に揺れ動くのか・・・

女性はとかく頭ではなく、子宮でものを考える と言われている 所以がわかってくる。

事の善悪よりも、母性の感情のほうが勝っているともいえる。

そこのところを彼女は書きたかったのかもしれない。

それにしても、角度を様々に変えてみると、この映画は本当に奥深いものがあるねえ・・・


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by asaasa-archi | 2012-06-23 00:18 | 映画・TV