女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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才能が生まれる場所

ワタシの母にとってmysonは、初孫であり、たったひとりの孫であり、ウチの跡継ぎ男子であったので、それはもう、大事に育てていたし、躾もきびしかったし、勉強面でも、教育ババ全開であったと思うのだ。

それは、ワタシがmysonに対して抱く期待よりもはるかに大きかったように思う。

なぜならばmysonが小さい頃はワタシ自身が人生に対して自分中心思考の真っ最中で、子供の教育に対する上昇志向よりも自分自身への上昇志向のほうが、だんとつ高かったからなのである。
30代前半のワタシは、建築士としての仕事を登りつめ死ぬまでに完結させたいという、強い思いがあった。

mysonが幼稚園に入り、年中さんくらいになると、母はピアノを習わせよう と言い出した。
なぜなのか今思うと、ワタシがはるか昔使っていたピアノがリビングにあった という理由だけだったのかもしれない。
おとなしいmysonはyesでもなく、noでもなく ピアノの先生が毎週家に来てくれることになった。

楽器という習い事はフツウの習い事と違って、練習しなければまったく意味をなさない。
そのときだけやればイイというものではないのだ。

母に促されて、ワタシは朝の出勤前のクソ忙しい時間に、mysonにピアノのレッスンを見守る役目になった。
ソナチネの前段階の練習曲だったので、ワタシもそのくらいはなんとか、練習をつけられたのだが、mysonは別に好きでやっているワケでもなかったので、上手になっていくわけもなかった。

ただ、毎年1回発表会があるので、その時期がくると、ワタシと先生は必死こいて mysonに練習をさせた。

mysonはおとなしく、好きでもなく、嫌いでもないといったふうに淡々とピアノをひいているばかりであった。

最初の発表会の時のことである。

舞台の左袖からでてきて、ピアノな前で止まり、お辞儀をし、そして演奏にはいるという、ごくごく単純な動作であった。
当然mysonよりも小さい子供も、いたので、ワタシと母は客席で、もううまく弾けるのかはらはらドキドキしながら、順番を待っていた。

mysonの番がやってきた。
舞台の左袖からでてきた彼はピアノの前で止まり、客席に向かってお辞儀をすべきところ、くるりと向きを変えて、ピアノに向かってお辞儀をし、演奏を始めたのであった。

一瞬 客席にどよめきが起こった。

ワタシと母は、心臓がとまり、身体はコチコチに固まってしまった
前の席の父兄が、「あの子、困った子だねぇ~お辞儀の仕方も知らないなんて・・」とつぶやいた。
その親が後ろの席にいることも知らずに・・・

その一言でまた、ワタシと母は、顔から火がでて、顔面が真っ赤になった。

親の心 子知らずで、演奏を終えたmysonは再度ピアノにむかってお辞儀をし、舞台の右袖に帰っていった。
また客席にどよめきが起こり、いつしか笑いになった。

初めてのピアノの発表会で笑いものになったmysonの話である。

生まれた才能は演奏技術ではなく、天然のバカキャラだったのである。

親としては、泣くに泣けない情けない話なのである。



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by asaasa-archi | 2011-09-30 13:25 | my son