女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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大きな家はもういらないかも・・・

核家族化はどんどん進んでいるし、二世帯住宅だってもう、面倒だという感覚だ。
電化製品も日本のあらゆる技術を駆使し、ひたすら小さくなったり、薄くなったりしている。

PCの発達のおかげで、それ1台が持つ情報量ははてしなく沢山ある。
新聞や雑誌は電子化され、それ自体の必要面積やら体積はないに等しい。
必要最低限の紙文化は残ったとしても、大半は電子化されるであろう。
子供も持つ辞書だって、最近は電子辞書が主流である。

TVも壁に掛けられるし、CD・MDプレーヤーだって壁にかかる。
昔はVHSのテープが本棚いっぱいにあったが、今のDVDはその体積の何分の一かで情報量はその何十倍もある。
もっと小さくなるのは目に見えている。

変わらないものは人間の大きさで、人体家具だけは変えようはない。
ベッド、机、椅子、ソファくらいであろう。


子供は夫婦で1.3人だから、大半の家庭は1人子ということになる。
当然親とも同居はしないであろう。
なんと言おうと、これが時代の流れだから仕方がない。

共働きが主流で、しかも子供は一人だったら、必然的に大きな家は必要なくなる。
だから小さくても良質の家、贅沢なインテリアの家、電化製品のごとく機能充実の家 という具合に人の価値観によって様々だが、大きさではなく質を求めるようになってくる。
だって小さいほうが、がぜん掃除が楽だという理由もある。なにしろ現代人は忙しいのだから。

親世代も同じである。
夫婦二人で住むのであれば、小さくてもいい。
が、熟年夫婦だから、安っぽい家では納得しない。
リフォームであれ、建替えであれ、質は高級でなければならない。

そうなると、家全体のデザインは難易度が高くなる。
おおきければなんとか、かっこうがついた家でも、小さいとなるとマッチ箱のようになってしまうからだ。
間取りだって、体脂肪が減り無駄な空間がそぎ落とされ、それでも、贅沢な空間は求められてくる。

設計の質が問われてくる。
価値観も多様化するので、アンテナも高くしておかなければならないだろう。

そう考えると、おもしろい時代がやってきた。

英語では、二階建てのことを two story 三階建てのことを three story という。
本をめくるように階層を表現するらしい。

まさに、家はstory(物語)なのだ。

ワタシも夢見る絵本作家のごとくありたい・・・
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by asaasa-archi | 2010-05-24 16:17 | お仕事