女性建築士のブログ 普段どおりの毎日

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ザ・マジックアワーと建築

この映画は5回も観た。
劇場で、DVDで、そして今夜TVで・・

映画の要素は監督の総指揮、俳優、脚本、カメラだと思う。
この四点が揃ってはじめて「おもしろい」映画ができる。

カメラというのは、もちろんアングルなのだが、その風景、舞台セットも含まれる。

監督は全体を大きく大胆に表現する広角的視野から、次第にディティールに及ぶズームの視野までを考慮しなければならない。

三谷こうきの映画の場合は脚本もおもしろく、最後まで展開の意外性がある。
かといって、どんでん返し的脚本ではなく、あ~こういう展開があったんだ~という理論的なそれである。

風景はいつも舞台のような作られた張りぼてを一貫して貫いている。
なので、かなりディティールにこだわらざるをえなくなっている。
これは、自然の風景を撮るものよりも、細かい計算が必要になってくる。

つまり自然の風景であれば、必ずスクリーンに映し出されると思った以上の計算外の美しさがでる。
これが自然のなせるワザである。
舞台セットではこういうものはない。だから緻密な舞台セットが必要となるのだ。


「おくりびと」や「剣岳」は自然の雄大さを存分に映し出している。
だから、俳優の演技もそれをそこなわないようなある意味控えめの演技になる。

舞台セットのみのこういう映画では、完全に俳優の完璧な演技の脚色がはえる。

もちろんそれぞれにおもしろみの分野は違う。

彼はそういう分野で卓越している。

そう考えてくると、建築でもあてはまる理論であると思えてくる。

雄大な自然の中の建物と都市部の密集地に建つ小住宅とでは、演出が違うのである。
前者は「おくりびと」や「剣岳」的手法で、後者は三谷こうき的手法である。


そういうふうに考えていくと、設計士は映画監督と同じ力量を求められている。

なんかカッコイイじゃないか。

建築=演出とは必ずしもならないが、こういうのもひとつの見方であることは間違いない。
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by asaasa-archi | 2009-10-04 00:33 | 映画・TV